質問を入力すれば答えてくれる自然言語AI「ChatGPT」に代表される、生成AIが世界に衝撃を与えている。これほどAIが注目されているのは、AIに人間の仕事を奪われる未来が、いよいよ現実味を帯びてきたからではないか。AIの進化が今後も続くことは間違いなく、今の子供たちはこのAI時代を生きていくことになるが、となれば、教育のあり方も考え直す必要があるだろう。

 かつて文部科学省は、大学入学共通テストに英語の民間試験と記述式問題を導入しようとしたが、野党やメディアの激しい反発を受けて2020年に頓挫した。この大学入試改革を構想し、文科大臣補佐官として指揮を執っていたのが、現在、東京大学公共政策大学院で教授を務める鈴木寛氏だ。彼が改革の主眼として掲げていたのは、まさしく「AI時代を生きていく子供たちに必要な教育を授ける」ことだった。

 AIの脅威が顕在化した今、鈴木教授がなぜこのような改革を志向したのか、また、AI時代を生きていく子供たちに何を学ばせるべきか、鈴木教授に訊いた。

教育を変えなければ「分断」が起きる
──この3年の間に、翻訳AIの「DeepL翻訳」、画像生成AIの「Stable Diffusion」、そして自然言語AIの「ChatGPT」と、従来とは次元の異なるAI技術が立て続けに登場しています。

鈴木氏:AIの分野では、こうしたことが早晩起こるだろうと想定していました。

 私は、世界的に著名なAI研究者のマイケル・オズボーン氏(オックスフォード大教授)や、政府のAI戦略実行会議の座長を務めておられた安西祐一郎先生(慶應大名誉教授)、DeepL翻訳の開発に参加されている杉山将先生(東大教授)らと議論をしてきましたから、2030年ごろまでに、産業革命に匹敵するような大変革が起こるだろうと予想していました。このまま教育のあり方を変えなければ、社会的な分断が起きるので、私は今の教育を変えようと考えたのです。

──そこで、2014年から文科省参与、2015年からは文科大臣補佐官としてAI時代に合わせた教育改革を取り組み、猛反発にあった。改革反対派の意見には、「AIを過大評価している」という批判もありました。

鈴木氏:今ならもうそういう批判は出てこないでしょうね。むしろ、AIの進化は我々が想定したよりも早いペースで進んでいて、加速しているように見えます。

AI翻訳時代に求められる「英会話力」

──AI時代に合わせた教育を実現するため、2020年の大学入試改革で、大学入試センターの共通テストに、英語の民間試験と記述式問題を導入しようとした。

鈴木氏:共通テストへは導入できなかったのですが、ほとんどの国公立大学が二次試験に記述式問題を設定するようになり、私大も慶應大だけでなく、早稲田大などいくつかの大学が導入しました。また、多くの大学で、英語の入試をCEFRやTOEICなどの民間試験で代用できるようになっていて、共通テスト以外では改革が進んでいます。

 ではなぜ、英語の民間試験と記述式が必要なのか。たとえば、DeepL翻訳は、文字化された英語の文章の和訳がほぼ実用レベルに達し、すでに多くの人が仕事や勉強で使っています。日本語で論理的な文章が書けるなら、英訳もほぼ問題ありません。膨大な量の英単語を覚え、構文や文法を必死に勉強しなくても、読み書きには困らなくなったのです。

 そうなると、重要になるのは英語でのコミュニケーション能力です。価値観の異なる多様な人々とコミュニケーションして、ディスカッションして、コラボレーションして、信頼関係を構築して、新たな価値を共創することはAIにはできません。それをするためには英会話の能力が必須になるので、英語学習を変えるため共通テストでスピーキングの試験を導入しようとしました。しかし、1からつくると莫大な費用がかかるので、民間試験で代用しようと考えたのです。

 会話を翻訳する自動翻訳機も進化していくと思いますが、その人の声や話し方の特徴とかが信頼関係を作るのには大事で、たとえば、ジョークに対し同じタイミングで笑うとか、こうした機微が共感や信頼を生むもので、いちいち自動翻訳を挟んでいたら、熱のこもったコミュニケーションはできません。

 もちろん、英語で会話するためには、基礎的な英語力は必要で、英文読解や英作文を勉強しなくていいわけではありませんが、従来のような、重箱の隅をつついて間違い探しをするような過剰な受験勉強は不要になります。

“答える力”よりも問う力”が求められる記述式問題の要点は「自問自答」すること

──英文読解や英作文で1点を争うような試験をする必要はなくなり、それより英語でのコミュニケーション力を磨くべきだと。一方の記述式問題を導入することはなぜ重要なのでしょう。

鈴木氏:記述式の設問というのは論述を求めていて、論述というのは、自ら問い、自ら答えるという“自問自答”をすることです。従来の仕事の多くは、誰かが問うた問題に対し、覚えた知識を使って、その問いに答えることでした。

 AIは、人類が過去において文字や数字、あるいは画像、映像で表現し、蓄積してきた膨大な情報を処理して、回答を生成するので、人間よりもうまく問いに答えられます。一人の人間がどれほど知識を蓄えても、AIには勝てません。これまでの知識偏重型の教育は、“問いに答えること”を中心に教えてきたわけですが、その意味が薄れてきたと言えます。

 しかし、AIは問いに答えることはできても、自ら問うことはありません。ChatGPTも質問を投げない限り、何もしません。だから、人間には“答える力”よりも“問う力”が求められるようになるのです。

(後編へ続く)