● 生成AIの利用が、日々の業務を変える

 「今ほど変化が激しい時代はかつてなかった。」マネジメントの教科書に頻出するこのフレーズだが、それこそ、今ほどこの言葉を使うのがふさわしい時代はないだろう。

 私はリスクマネジメント・コンサルタントとして、主に企業のリスク管理の支援をしているのだが、クライアントを見ていると、未来に何が起きるかを予見するのが極めて難しくなっている。また、変化が変化を生む連鎖が加速し、組織運営に深刻な影響を与えていることをまざまざと思い知らされる。

 経営者たちは、「何をどう決めるか」だけではなく、「どこまで対応するか、いつ決めるか、どのような順序で対応するか」などの問題に頭を悩ませている。これまでの根本的な変化といえば、気候変動、地政学的なバランスの変化、データ駆動型社会の到来などだった。

 そして、今起こっている変化が、生成AIの利用の本格化である。

 とりわけ、生成AIの利用が日々の業務に与える影響は、直近のもっとも大きな変化と言ってよいだろう。ChatGPTの出現までは、将来起こりうる可能性として語られてきたにすぎない変化だが、それが、ここ数カ月で、すでに現実化してしまったのである。

 この生成AIの出現で、具体的な仕事のやり方が大きく変わる。そしていろいろな仕事がどんどん消滅する。企業の業務プロセスや人材の需要、育成に非常に大きな変化をもたらすことは間違いない。

 そうなると、問題なのが、昨今、導入企業も増えてきた「ジョブ型雇用」である。結論から言うと、このシステムの導入は今すぐやめるべきだ。一体なぜか説明しよう。

● 営業の仕事はマシンになるか、付加価値をつけられるか

 例えば、企業向けの営業担当者の業務を考えてみよう。

 まずはデータを基にした分析と自動化で、顧客候補の探索作業は効率化できる。企業調査にかけていた時間も、大幅に削減される。AIが財務諸表や人的資本データから相手の状況と課題を予測し、何を提案すればよいかについても、有意義で適切な知恵を授けてくれるだろう。

 企画書の作成に関しては、マイクロソフトが提供するCopilotなどのツールが、よりビジュアル的に魅力的でインパクトのあるドキュメントを生成する能力があるようだ。となると、これまで会社で重宝されていた“パワポ職人”の仕事はなくなる。

 さらに、提案文書はすでに自動的に他言語に翻訳することが可能だ。あと少したてば、重要性が非常に高い一部の会議を除いては、英語のできる社員に通訳を依頼することもなくなるだろう。

 顧客からの問い合わせについても、基本的なところは問い合わせ専用のチャットbotに任せておけばよい。カスタマーサポートの人員は劇的に減る。大きな問題が発生したときだけ、営業担当者か専門家が出ていけばよいのだ。

 こういった変化により、営業担当者の職務内容も、時間の配分も劇的に変わる。顧客を探すための時間、顧客分析のために資料をあさる時間、企画書作成のための時間、実施体制構築のための社内交渉、顧客からの問い合わせ対応……これらの時間が大幅に削減される。とりもなおさず、これらの業務を支援してくれていた人の仕事はなくなる。

 営業の仕事は、AIが要求するto do を実行する“マシン”になるか、その to doを超えるsomething different を構築する“知性”を発揮するか、のいずれかになるだろう。

 その結果、営業担当に求められる職能要件も大きく変わることになる。また、職務の難易度や重要性の変化に伴い、報酬の基準も見直されるのは必至だ。当然マシンと知性では希少性において大きな差があるから、その報酬の差も大きなものになる。

● パワポ職人、会議芸人、調整さんはお役御免に

 ここに述べたのは営業担当者の仕事だが、すべての仕事についてこれと同等の大きな変化がやってくる。

 基本的な方向性としては、マルチタスクとなり、少人数で大きなことが実施できるようになる。業務は、顧客と接するフロントラインの提案活動と、有形のものをつくったり、実際にプロジェクトを動かしたり……といった実行に関わる業務に集約される。つまり、中間で行われていた情報の収集、編集、加工などの業務がほぼなくなる。たとえば、“パワポ職人”“会議芸人”(本当は何の貢献もないのだが、会議中に印象的な発言をしてさも仕事をしているようなふりをする人)“調整さん”(ホウレンソウと称して、情報をもって社内をぐるぐる回る人)はもはや必要ないのだ。

 案外良いかもしれない。

 さて、以上の変化はもちろん一大事なのだが、もう一つ重要なことがある。

 喫緊の課題は、これらの大変化が顕在化した現在において、それらが無かった時代に構想された計画を予定通り実施するかどうかなのだ。大企業では、人事制度をジョブ型雇用に変えるといった計画や、大規模な財務会計の基幹システムの導入計画がまさに進行中であろうと推察される。

 ここでは、ジョブ型雇用の導入を考えてみよう。

 上記で述べたように、データ駆動型ビジネスの発展と生成AIの利用によって、職務(ジョブ)の概念と具体的な業務が大幅に変わる。地政学的対応から操業地域やパートナーもフレキシブルに変わらざるを得ず、これも業務内容に影響するだろう。

 顧客の価値を構築するためのビジネスプロセスが大きく変わり、個人の担当する職務も各種のツールを利用することで大きく変わる。組織構造も個の仕事も大きく変わり、それが流動化し、変化し続けるなかで、従来の職務体系に基づいた採用・育成・処遇の体系を精緻に設計し、導入してもほとんど意味をなさないことは明白である。

 こうしたジョブ型雇用の導入のために掛けてきた時間やエネルギーなどのコストは無駄になるかもしれないが、ここはきっぱりとあきらめて、プロジェクトそのものを即刻中断すべきなのである(ただし、だいぶん先になるだろうが、変化が落ち着いた後の導入はありえる)。

● ジョブ型化や大規模な制度変更は、いますぐストップすべきだ

 組織は、外部適応と内部統合の両方をバランス良く達成する必要がある。

 外部適応とは、外部環境の変化、特に市場環境や技術環境の変化に対応することであり、これには新たなビジネスモデルの開発や新たな技術の導入、変化に対応した業務フローの改革などが該当する。

 一方、内部統合とは、組織内部の権限体系や調整機能、処遇の体系、そして組織の文化や価値観の統一を図ることを意味する。なかでも人事制度や基幹情報システムの構築などは、内部統合の重要な構成要素だ。基本的には標準化・形式化を図る行為である。

 外部環境が徐々に変化するときは、外部適応と内部統合を共存させていくことは比較的容易だ。しかし、外部が劇的に変化するときに、そのバランスを取るのは容易ではない。

 劇的に変化している今、人事制度や財務会計システムといった内部統合の改革が、過去のパラダイムに基づいて実施されると、外部適応のための変化を阻害する悪質な要因になる。つまりAI時代にもかかわらず、旧来基準でジョブ型導入を進めていると、AI時代に取り残されるリスクが大きくなるのだ。

 経営理念の浸透など時代を超えて通用する根本的な要素以外は、常に外部適応が先であり、内部統合は後なのである。順番を間違えてはいけない。

 よって、経営者は、蛮勇を振るって前世代の世界観に基づいた内部統合のための改革を停止すべきである。変化そのものを絶対視する人や、いったん決めたことは変えてはならないと主張する人、外部適応と内部統合の区別が出来ない人からは厳しく非難されるかもしれないが、進行中であっても、プロジェクトをやめることはリーダーの重要な仕事である。

 今ほど一度立ち止まり、過去の計画を捨てることが求められる時代はない。

● ジョブ型化や大規模な制度変更は、いますぐストップすべきだ

 組織は、外部適応と内部統合の両方をバランス良く達成する必要がある。

 外部適応とは、外部環境の変化、特に市場環境や技術環境の変化に対応することであり、これには新たなビジネスモデルの開発や新たな技術の導入、変化に対応した業務フローの改革などが該当する。

 一方、内部統合とは、組織内部の権限体系や調整機能、処遇の体系、そして組織の文化や価値観の統一を図ることを意味する。なかでも人事制度や基幹情報システムの構築などは、内部統合の重要な構成要素だ。基本的には標準化・形式化を図る行為である。

 外部環境が徐々に変化するときは、外部適応と内部統合を共存させていくことは比較的容易だ。しかし、外部が劇的に変化するときに、そのバランスを取るのは容易ではない。

 劇的に変化している今、人事制度や財務会計システムといった内部統合の改革が、過去のパラダイムに基づいて実施されると、外部適応のための変化を阻害する悪質な要因になる。つまりAI時代にもかかわらず、旧来基準でジョブ型導入を進めていると、AI時代に取り残されるリスクが大きくなるのだ。

 経営理念の浸透など時代を超えて通用する根本的な要素以外は、常に外部適応が先であり、内部統合は後なのである。順番を間違えてはいけない。

 よって、経営者は、蛮勇を振るって前世代の世界観に基づいた内部統合のための改革を停止すべきである。変化そのものを絶対視する人や、いったん決めたことは変えてはならないと主張する人、外部適応と内部統合の区別が出来ない人からは厳しく非難されるかもしれないが、進行中であっても、プロジェクトをやめることはリーダーの重要な仕事である。

 今ほど一度立ち止まり、過去の計画を捨てることが求められる時代はない。

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プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進